信仰随想

 「礼拝の喜び」  (2018.10月 掲載)

 

あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、

  楽しみがとこしえにあります。(詩篇 十六篇 一節 [新改訳])

 私は年齢が進み、遂に後期高齢者と成りました。何が変化したかと言えば、身体能力

 と記憶の衰えです。しかしそれと反比例して、父である神への感謝が増してきました。

 これまでの私の人生に、どれほどの計り知れない憐れみと恵みを戴いてきたか、それを思うと感謝しかありません。天の父に対しては本当に感謝しかありません。これは私の実感です。  日常生活の感謝と共に、礼拝の喜びも増してきました。礼拝は私の喜びであり楽しみです。礼拝は私の生活の中心であり、人生の中心でもあります。

 以前は、喜びよりも 牧師の務めとしての義務や責任感が強く、緊張があり、礼拝を楽しむ余裕がありませんでした。現在は喜びと楽しみの中で務めをしています。

礼拝が喜びと楽しみと感謝に満ちる時、讃美が出てきます。神とキリストを讃美する時、私の霊と魂も讃美します。しかしそれだけではなく、私のからだの七十兆個の細胞も喜び 讃美し、活性化されます。

讃美は人間を活性化し、健全にします。

礼拝の中で病が癒されます。 長い間 病に苦しんでいた二人の信徒が、礼拝の中で癒され、毎週休むことなく礼拝を喜び讃美を捧げています。

しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。 なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」(ヨハネ 四章 二十三節-二十四節)